深く沈める。

覚書が事実となる現実に反抗してみるブログです。

引っ越しの話

 新年が明けた。
 新年明けて、近所では引っ越しが目立ってきている。私が住む単身者用の1Kアパートでもそれは例外ではない。ここ数カ月がちゃんごちょんとうるさかった上の階の住人がとうとう引っ越した。美容学校の学生さんらしく、休みの日はお昼近くになるとチョキチョキという鋏の音がして私も頑張ろうと思った。思うだけであるが・・・。
 上の階の住人が引っ越したのは、つい数日前のこと。先月から、私はアルバイトに行くために、大体平日朝9時過ぎには家を出ている。その日も例外ではなかった。道路に面した階段を下りると、そこには某引っ越し社のトラックが来ていた。単身者にしては、少し大きめのトラックだ。私は狭い廊下や共用部分で悪戦苦闘するのであろうことを想像しながら、梱包材や保護材の間を縫って自転車を取りだし、アルバイトへ行った。
 その日は2時間の勤務だったので、アルバイトを終えた後は金欠であることもあり、12時前に帰宅した。腹が減って息も絶え絶え、早く自転車を止めて自宅のスパゲッティーを湯でたい私の前に奴がいた。
 引っ越し業者のトラックである。でかでかと虫の絵が描かれた奴が、未だにアパートの前にいたのである。
 自転車を朝と同じ様に隙間を縫わせながら駐輪場に入れ、オートロックをガムテープで無理やり解除している共用玄関をぐぐる。外では作業員がたった2人、荷物で満たされたトラックの前でエイサホイサと作業中だ。その内、一人が荷運びをするためかアパートに入って来た。私が家を出たのは朝の9時だ。恐らく搬出開始から3時間強経っているのに搬出は終わっていなかった。いや、9割は終わっていた。しかし、だ。
 時間がかかりすぎじゃないのか。
 ぼんやりと考えている横で、作業員(先輩)が「どうなってるんや!!」と切れていた。切れながら、絨毯だか保護材だかを手で殴りながらトラックに押し込んでいた。その手は固く握られていた。
 暫くして、私が粗大ごみを出すためにゴミ置き場を三往復ほどしている間に、おんぼろの自転車を運転席の屋根にくくりつけたトラックは漸く出発した。たぶん、この時点で搬出開始から四時間くらい経っている。共用の階段にはガムテープが散らばり、あろうことか内側からオートロックを解除するボタンに貼っていたガムテープもそのままだった。そんなに焦っていたのか、ア●さんマークの引っ越し社の方々は。そして上の階の住人は一体どれくらいの荷物を持っていたのだろう。
 お疲れ様です・・・と心の中で呟きながら、私は解除ボタンに貼ってあった緑色の布テープを剥いだ。私の部屋にある大量の本と服が目に浮かんだのは、言うまでもない。