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深く沈める。

覚書が事実となる現実に反抗してみるブログです。

解けて、再び凝固する。

長いお休みをいただくことになりました。同居人の頭がおかしくなり始めた8月から、10か月目を目前にして長期休暇に入ります。

今回の病休に入るにあたって、キーワードをあげるとしたら、「混乱」だと思います。周りの過剰な心配による混乱、できていたことができなくなる混乱、仕事にいけないという混乱、まわりに迷惑をかけているという混乱。それが頭を支配して、じょじょに動けなくなりました。

 

第1のキーワード「恐怖」

たとえば、同居人の頭がおかしくなった昨秋のキーワードは「恐怖」でした。飲酒をした同居人が家で暴れるという恐怖が、本来は体を休めるべきであるはずの家を支配していました。そのため、鬱状態ではあるけれど、勤務先には行けている、社交的なこともできるという「”逆”新型鬱」のような状態でした。今思えば不思議なことです。複雑な仕事も普通にできていたのに、家に帰ると電池がプツッと切れたように動けなくなる。最低限の食事と水分を摂る以外は寝て過ごし、気づけば泣いていたり、自分の頭を殴ったりしていました。空腹感もなく、虚無を生きていました。

 

第2のキーワード「苛立ち」

次に訪れたのは「苛立ち」です。同居人を締め出したあと、荷物搬出の手配を12月から2月中旬まで、2か月半かけてやりました。なんでこんなことに時間を食われなければならないのだろう、と思いながら、それでも「これを出してしまえば何とかなるだろう」という目的があったので動けていたようです。で、問題は荷物の搬出が終わったあと。

 

第3のキーワード「混乱」

荷物搬出が終わったあたりから、「混乱」が頭を支配し始めました。これは自ら見つけたのではなく、主治医から言われたことです。確かに、言われてみればそうだなぁ、という感じがします。

2月中旬に荷物搬出が終わったあとから乖離が始まり、朝起きられなくなりました。全て片付いたはずなのに、です。これでリセットできたはずなのに、なぜか動けない。起きられない。やる気が出ない。関係も全部切ったはずなのに。なんで。どうして。そればかりが頭に浮かんでは消える日々です。

これが、徐々に頭全体に広がっていきました。思うように体が動かなくなるたびに、これは乖離のせいだ、これは鬱のせいだ、寝る時間が悪いせいだ、目覚ましに慣れてきたせいだ……いろんなことのせいにして仕事に行くことを目標に頑張った結果、頭が崩壊しました。無理は禁物。とても身に沁みる言葉です。

周りの対応も二転三転したため、更に混乱に拍車をかけることになりました。病休に入らせてくれるのかと思えば入れない、抗鬱剤が減ったと言った途端に山ほど仕事を振ってくる、調子が悪くなると仕事が急に減る等。

また、知らない間に私はみんなから「さくさく仕事ができる電話対応は完璧な事務員」と思われていたようで、自分自身のイメージと周りのイメージとのギャップに苦しむことになりました。これも、混乱に拍車をかけました。

 

終わりに

消してしまったtwitterのアカウントに「自分を認知することをもう一度始めなければならない」と書きました。私にとって、私の存在価値はゼロです。誰がなんと言おうと0なのです。二階堂奥歯「八本脚の蝶」に、『評価されればプラス、貶められればマイナス、完璧にすればゼロをキープできる』という言葉がありました。正にその通りなのです。ただ、私は貶められればマイナスになりますが、評価されても自分自身の価値はプラスになりません。ずっとマイナスかゼロなのです。他人に認知され、愛されて初めてプラスになります。それを元同居人に頼ってきてしまったのが、一番の盲点であり敗因でした。

これまでも、おそらくこれからも、私は自身によって自分の価値をプラスにすることはできません。ただ、自分が「こういうことができて、こういうことができない人間だ」と認知することはできます。私は最長数か月、長い長いお休みに入ります。「やりたいことをやりなさい」と言われました。でもやりたいことが一つも浮かんできません。仕事にいくためにライブの予定はほとんどけったためにスケジュール帳はほぼ真っ白、あるとすれば5月の文学フリマの原稿くらいのもの。だからこそ、自分自身をもう一度形作る作業をしようと思います。前みたいにライブに行き、舞台を見て、本を読みながら小説を書いて過ごします。

 

ブログはいつもどおり更新していきます。

何かありましたら、コメント欄かメールにてご連絡頂ければと思います。

 

住宅街の片隅より愛を込めて。

 

rosso-sinker-225 拝