深く沈める。

覚書が事実となる現実に反抗してみるブログです。

ロシアン・マーダー(承前-2)

 さよう、我々には生きる権利があります。

 合法的に殺人を犯すことを人は戦争と呼びますが、しかしながらそれは現実にも起こりえた出来事です。大昔の仇討ち、領土争いにおいては、殺人は日常的に発生していました。これを稚拙な考えと言えばそれでおしまいですが、それを否定できないのもまた事実ではないでしょうか。

 

 さて先生がたはこれをどうお考えでしょうか。

 

 職にありつけず存在をも否定され、庇護してもらおうにもできない条件下にいる人間がとるべき最も原始的な方法を、彼(彼女かもしれない)は示してくれました。現に僕は、彼(彼女)から正当な報酬を受け取り、それで生活しています。

 記録を追跡するという手法はデジタルでは発達しますがアナログでは発達しきっているとは言えません。例えば、無差別な人々の手を経てコンビニエンスストアで買った一枚52円の葉書を、手袋をした手で受けとり、なんの変哲もないカフェで怪しまれることなく100円均一ショップで買った新品の下敷きの上で仕上げ、そうして、それを密封した上でどことは分からない場所まで運び、ポストに投函したとしてみましょう。これを場所を変え葉書を書く人を変えていけば?既に僕の存在は霧の中に消えてしまう。

 彼(彼女)を糾弾する自由は個々にあります。そして、彼(彼女)を支持する自由も個々にあります。我々を救えなかった皆は彼(彼女)を糾弾し、我々と同じ境遇の者は支持する側に回ることでしょう。

 

 僕たちが犯した罪を断罪したいなら、僕たちを合法的な、かつあなたがたの言う倫理的な、人道的な、人権を侵害しない方法で救ってください。

 それをしない限り個々の戦争は終わりません。

 

 高尚な学問を研究する先生たちへ。

 

 個別の兵隊より。