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深く沈める。

覚書が事実となる現実に反抗してみるブログです。

感性を殺したくない。

大分前に見た、NHKの東田直樹さんのドキュメンタリーで鳥肌が立ったのでその勢いで書いた雑文です

 

 

 

 感性を殺さずにどうやって生きていこうかと考えながら文章を書き続けていたら、10年以上経ってしまった。息が止まれば死んでしまうように、言葉を吐き続けなければ私は苦しくてたまらない。しかし、時折「このまま書き続けていいのだろうか」と思うことがある。最近もそんなことを考えていたら、ちょうどNHKで「君が僕の息子について教えてくれたこと」の何回目かわからない再放送があった。

 

 私は大学生の時から「ビッグイシュー」を買うことを一つの趣味としている。自分で販売員を見つけた時に気が向いたら買っている。中百舌鳥駅のホームレスから買ったこともあるし、西梅田に一時期あったビッグイシュー専門の売店に行ったこともある。特に寄付精神などなく、ただ面白から買っている。決して分厚いとは言えない冊子の中に、凝縮された密度の濃い記事が並んでいるのがとても好きだ。表紙を飾る著名人のインタビューに始まり、時事ネタ、ホームレスの方々による人生相談、全国各地の販売者の紹介。そして、その中でもひときわ目をひいたのが、当時掲載されていた東田直樹さんのエッセイだった。私は彼が自閉症者であると著者紹介で知ったが、どの程度の障害であるかは全く分からなかった。

 元来、著名人の私生活に余り興味がなく、素性を地盤として作品をみることで余計なフィルターがかかるのを私は嫌う性格である。そのため、彼について調べることもしなかった。だから私が彼の文章を読み続け、記憶していた理由は単純だ。紡ぐ言葉が綺麗で読みやすく、思考が理路整然としていて、的を射ていたからだ。

 東田さんのエッセイを初めて読んだ時から大分時間が経った先日、実家に帰ると親が「自閉症作家のドキュメンタリーがNHKで制作されていてとても面白そうだ」と教えてくれた。ラジオから流れる番組宣伝を聴きながら、東田さんみたいな人が他にもいるのか、と呑気に思っていたら本人で愕然とした。彼は私が思っているよりも重症な、言葉を発することすらままならないほどの自閉症者だったのだ。

 調べてみれば、東田さんは幼少時より文字に対して異様な執着を示し、その能力を高めることによって言葉を紡いでいる。彼が書いた文章を読めばわかるが、自らにどのような症状があり、どのように感情が動き、行動がコントロールできなくなるのか、彼は客観的に理解している。そして彼はこのような自分の状態を分かりやすく伝える術も持っており、自閉症の自分についてQ&A方式で書いた処女作「自閉症の僕が飛び跳ねる理由」は世界中で自閉症の子をもつ親たちの支えとなっている。

 

 私は彼の感性について考えた。

 彼は「自分の記憶は線ではなく点である」という。

 

 我々、いわゆる健常者が過去の記憶を糸のように辿っているのとは違い、彼は過去の記憶を、飛び石を渡るように辿っていくのだという。例えば、私がこの文章を書く時、私は頭の中にある彼に関する情報を手繰る。しかし彼はそれができない。連載しているエッセイを書きながら、急に数日前に食べたファストフード店の名前を叫んで興奮したりする。一つの情報にたどり着くのに、いくつもの種類の飛び石を渡らなければならないのだ。他にも、彼は、桜は大好きだが見続けることができないとも言っている。胸がいっぱいになるから見続けることができないのだという。彼の周囲はこの感性を大切に守り、育ててきた。そして今、東田さんは作家として活躍している。これは大変難しいことだ。

 

 番組を見終えたあと、私の頭の中では大森靖子の「音楽を捨てよ、そして音楽へ」という曲の「画用紙いっぱいの真っ赤な海もブルーにしろって教育された」という歌詞が延々と流れていた。感性が常識にたやすく殺される様がありありと表現されている、とても気に入っている詞だ。ある人にとって海は夕焼けを映す真っ赤が当たり前だとしても、それは常識ではないから赤くても青く観るように教育される。

 

 多数派に合わせるために一瞬宿った感性を殺すのはたやすい。しかし、それを復元するのは難しい。同じように、考えを否定され、折れて多数派に合わせるのは簡単だが、自分が自分でなくなってしまう。少しだけ立ち止まることも必要だ。でも、どうしても足元がぐらついてしまうことがある。そんな時に、是非このドキュメンタリーを見てほしい。きっと「そのままでいい」と教えてくれるはずだ。

 

 おとなになってしまった我々は、自分自身でしか感性を守って育てて行かなければならないのだから。