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深く沈める。

覚書が事実となる現実に反抗してみるブログです。

過去作「THE CULT」を考察する。

職場の人と拙作「THE CULT」の(一応)主人公:花崎の人物像について議論したのが面白かったので備忘録として一部を書いておきます。一部その後考えた補足を含みます。

 

■なぜ花崎はアルコール依存症に陥ってしまったのか?

無趣味だったから。例えば、私の元同居人は不安である状態を保持したいためにアルコール依存症気味になったが、花崎はストレスを発散させる場がなく、たまたま傍にあったアルコールに手を出したと考える。

 

■アルコール以外の手段(女性関係等)はなかったのか?

そもそも、女性に手を出すことが趣味になっている人は、ステータスとして既に何かを持っている場合が多い。一般的な趣味でなくとも、自分を魅力的に見せることや女性にちやほやされる自分に悦に入っている場合が多く、それ自体が依存であると考えられる。

 

■周囲に精神科やカウンセリングをすすめる人間はいなかったのか?

一般的に精神病を認める人間自体が少数であることを前提とした。

また、想像通りのレールを歩き、趣味もなく、理想の大人像を保っていると心のどこかで信じている人にとって、それをさらけ出すことは家族であれ友人であれ困難である。

 

■宗教に走ってしまった原因は?

花崎のような孤独を認めたことのない人間は、自らが孤独に陥ってしまった時にどう対処していいか分からない。前述したように、孤独である自分をさらけ出すことを恥とする人間にこの傾向が多い。自分が今まで認めたことのない孤独と対面した時、無条件に優しくする人間の存在は支柱となると同時に凶器と成りえる。花崎の場合はそれにあたる。

 

■どうして教師を主人公にしたのか?

「品行方正な人物」が崩れていく様を描くのは、その人物がいかに品行方正であるかを緻密に描かなければならない。3万字という短編小説、及び私の技量では、それを描くことが困難であった。故に、一般的に「聖職」と言われる教師を主人公にし、アルコール依存症に貶めることで「品行方正な人物が崩壊していく様」を端的に示した。また。これまでの経験から教師という人間は価値を高められがちであり、その実態は神格化されている部分がある。この化けの皮といってもよい部分を剥がしてみたかった。

 

あらすじだけを言って、出てきた質問に答えていったんですが、自分で自分の作品を客観的に見られるよい機会でした。掘り下げるって大切だな、と再確認。

いやー、なんか私は周りに文章を書く人が多いので全く違和感を感じたりはしないんですが、文章を日常的に書かない人にとっては、小説を書いたりする人って奇特な存在なんですね。結構興味深くきいてくれて楽しかったなー。